人は優しいまま強くなれる。「シン・仮面ライダー」感想

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2023年3月17日、私は仮面ライダー50年の歴史で最も優しく最も強い男の生き様を見た。

観る前は「特撮版と萬画版のどちらをベースにするのか?」とか「たったの二時間でショッカーを滅ぼせるのか?」など不安があった。だが庵野はそんなものはとっくに超越している。俺の負けだ。

両方を融合させた上で「エヴァ」をはじめとした庵野作品の思想を加えた究極の一作だった。

人生ベスト級の仮面ライダーだったので基本的に絶賛しかしない。なので先に不満を言っておく。私は石ノ森萬画では「ロボット刑事」が一番好きなのでKの扱いは物凄く不満だった。かつては過去の石ノ森ヒーローが悪役に改悪され現行のフォーゼやウィザードの噛ませにされる最悪の時代があった。だが今回のKはそれですらない。ただ見ているだけで何かするわけでもない。仮に敵だったとしても「シン・ウルトラマン」のゾーフィという前例があるので庵野の手にかかれば面白くなる可能性もゼロではない。しかし何もしない。いる意味ある?

はい不満終わり。こっから絶賛しかしないのでこの映画が嫌いな人は絶対に嫌な気分になると思うのでブラウザバック推奨です。

 

 

この作品の好きな所はたくさんある。だが全部言うと時間がいくらあっても足りないしきっと文章がダラダラと冗長になってしまう。だから本作の特に好きな所を三つだけ言おうと思う。

 


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まず、私が本作で一番好きな所は仮面ライダー/本郷猛が強くて優しい所である。これに尽きる。

まず、当たり前の事だがヒーローは異常者である。本郷の父は警察官で犯罪者に刺されて死んでしまったが彼は残された家族ではなく犯人と人質の命を最期まで案じていた。はっきり言って異常だ。だが本郷は父のその異常なほどの優しさに憧れ、同時に「力を正しく使えなかったから死んだ」と評した。

つまり本郷の父は「優しい」が「弱い」のだ。だから本郷は「強くて優しい」人間を目指した。優しさは弱さではない。一文字は「優しさと強さは紙一重」と言っていたが、紙一重ではあるがイコールとは言っていない。人は優しいまま強くなれる優しさは弱さではない。

力を正しく使いオーグを殺す強さと、殺した後に相手を弔う優しさを兼ね備えた姿は「鬼滅の刃」の竈門炭治郎や「ウルトラマン」の科学特捜隊*1を思わせる。

白倉伸一郎が提唱した「仮面ライダー三原則」は同族争い・親殺し・自己否定である。例えば初代仮面ライダーは同族の改造人間と戦い、自分を改造したショッカーを滅ぼし、苦しむのは俺一人でいいと自らの存在すら否定する。しかし今作は違った。同族争いと親殺しまでは同じ。三つ目はなんと自己肯定。

冒頭で本郷は簡単に人を殺せる自身の力に恐怖する。仮面ライダー特有の自己否定だ。しかし父親を殺されたルリ子に対し「僕の身体は先生の娘への愛情の産物だと思う」と言って励ます。ぶっちゃけ初見時はドン引きしたのだが、本人は「思ったより…辛い」と言っているし強がりの意味も強かったと思う。ルリ子との旅やオーグとの戦い、一文字隼人との出会いによって徐々に本郷は力を制御し自己肯定感も高めていく。

そして最終決戦では自身と似たバックボーンを持ち人間に絶望してCの世界と補完計画を悪魔合体したような「ハビタット計画」を実行しようとするイチロー/仮面ライダー第0号に

「僕には他人がわからない!だからわかる様に自分を変えた!世界を変える気なんてない!(中略)人生の全てに、無駄なことなんかない!」

と命懸けで寄り添って人類丸ごと肯定する。私は仮面ライダーTVシリーズは全て視聴しているがこの時の本郷はどの仮面ライダーよりかっこいいと思った。仮面ライダーカブト最終回でも天道総司が「他者のために自分を変えられるのが人間だ」と言っていた。庵野監督はカブトが好きだと公言していたが、まさかこのような形でオマージュを、それどころか元ネタを超えるシーンにしてくるとは思わなかった。

 

 

二番目に好きなのはルリ子がハビタット世界を「地獄」と形容した場面だ。

ハビタット世界とはプラーナ(=人間の魂)だけが存在し自分を包み隠す事なく全てをさらけ出し他者を完全に理解できる世界である。言わば人類補完計画発動後の世界なのだが、建前のない本音だけの世界に人間の精神は耐えられない。肉体という仮面、嘘という仮面で人間は心を守っているのだ。

要は「人類補完計画ってこういう所がダメなんです!」と教えてくれる名シーンである。

補完計画をシンジは拒絶したが、本郷猛と緑川ルリ子は「人間の自由を奪う悪魔の計画」としてバッサリ悪として否定した。仮面ライダーとしても庵野作品としても大きく前に進んでいるのだ。

 

 

三番目に好きな所は仮面ライダー2人と緑川家が生粋のバイク乗りな所である。

仮面ライダーだからバイクに乗るのではない。バイクが好きだからバイクに乗るのだ。

一文字の「バイクは孤独を楽しめるから好きだ」には私も強く共感した。

ラストシーンは萬画版同様これから二人でショッカーに立ち向かう決意を固める非常に感動的なシーンだが、本作はそこに親友二人がツーリングするという意味合いが追加されている。

「スピードを上げてくれ一文字。新しいサイクロン号をもっと感じたい」という本郷のセリフは新しいバイクに興奮しているこどもおじさんそのものである。彼らは二人とも三十代で仮面ライダーにしては年長者だが、ツーリングを楽しむ姿は歴代ライダーの中でもかなり若々しく感じた。「トップガン マーヴェリック」でも思ったが青春とは肉体年齢ではなく精神年齢なのだ。

 

最後に。

仮面ライダーの原作者・石ノ森章太郎先生

「僕と同じ価値観でものを探している」と石ノ森先生に言わしめた永井豪先生

その先生方が作ったヒーロー作品で徹底していた「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり(→神にも悪魔にもなれる力を人の心を以て御する)」という思想をエヴァンゲリオンに受け継ぎ、新しいウルトラマン仮面ライダーとして現代に継承した庵野秀明監督には感謝してもしきれません。

本当にありがとうございました。f:id:serimetagross:20230410201116j:image

 

 

 

 

 

*1:第35話「怪獣墓場」参照。人間のためにやむを得ず殺すしかなかった怪獣のお葬式をしている